黒田龍之助『ことばは変わる ─ はじめての比較言語学』



 大学での講義を元にした一冊。とは言え、いつもの楽しい黒田節で読みやすい。
 この読みやすさについ流されそうだが、言っていることは割とシビアである。
 

 大学の講義が元になっており、かつ学生の反応やレポートが紹介されるだけに、釣られて自分の大学時代を振り返ってしまう。
 私が大学に入って一番衝撃だったのは「確定していることなど何もない」という現実だったな、なんてことを思い出す。
 大学入試までは正解なるものが歴然と立ち塞がっており、ソイツを当てるのが勉強だったが、その先に待っていたのは「君達が今まで必死に覚えてきたのは暫定1位の答えです」という衝撃的な事実であり、その暫定1位は暫定なだけに今後殴り倒されて床にへの字で横たわるかもしれず、実は今床で伸びている敗者こそが本当の真実なのかもしれないという魔境であった。


 この魔境こそが現実ってヤツであって、今までが滅菌された世界だった訳ですけどね。物理の問題で言うところの「空気の抵抗は考えないものとする」的な。
 空気の抵抗考えないと、現実世界では無意味なんですよね。僕たち真空で暮らしてる訳じゃないんで、って言う。

 歴史的に何が歴代の暫定1位だったのかを知り、現在の暫定1位を知り、その上でそれが暫定でしかないこと、つまりはこれまでの1位は変動してきたことを肝に銘じながら、それでも現在の暫定1位を足場として進むしかないわけで、もうなにこの不安定さ。
 学問ってもっと確定的なもんなんじゃないんですか!?と叫んだら負けなのである。そういうもんです。理解出来ない、耐えられない方はご退場ください。


 とまぁ私も退場した口なのだが。
 あの世界で長く殴り合っている研究者連中というのは実のところ偉大なのである。変人と化すのも仕方がない。
 暫定1位の暫定部分を忘れ去ってシャドーボクシングしてる方も一定数いらっしゃいますけどね。





 所詮この世は浮世の花。死ねば終わりで、自分の信じたことが真実事実なのかを知ることは出来ない。そもそも「真実事実」って何を持って確定するんだよ、って話になってしまう訳だし。
 それらしい奇説、流行りの新説、それらを唱える人の信者になるのは簡単だ。けれども常に「本当に?」と自分の良心に尋ね、その上で信じてもなお「でも暫定だよ?」と囁き続けながら一定の理性を保ち続けることこそが、正しい態度というものであり、しかしして、常に自身に不信を向けるこの中庸ってのが最も辛いんだよななんて、そんなことを考えた一冊。

わたしのやっている言語学って、ひどくズレているのではないだろうか。(p.213)

 先生!それ言っちゃおしまいです!!
 でも、それを言わなくなっても、おしまいです!







 心底どうでもいいが、少し前に見たアメリカドラマNCISのある回で、危機に陥った時にそれを仲間に伝えるために隠語が「ミスター・オシマイダが来た」だった話を観て以来、「おしまいだ」って単語を見ると変な笑いが出る身体になってしまった。
 当該ドラマでは主要登場人物の一人が死ぬ深刻な回なだけにオシマイダーの破壊力が。レギュラーが死んだことよりも、オシマイダーのインパクトが半端なさ過ぎた。



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2 件のコメント:

  1. Здравствуйте
    Я Тадаси.
    今回紹介されている本も読みました。
    この世の中、確かなものは無いのが確かに言えることです。僕は大学時代は物理学を学んでいましたが、確かなことは少なかったです。だいたいこんな感じになる、と結論付けられることがおおかったです。
    黒田先生の著書は楽しく読めるのが、とてもいいです。

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    1. Тадасиさん、こんにちは。

       黒田先生の著作はいつも読みやすくて楽しいですが、今回の一冊は学生の声が入っているのがまた良いなと感じました。
       この手のフリーダムな授業だと学生の本音というか深層意識が文字かされて、楽しいですね。

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