2014年04月11日更新
今回で最終回。短編なのに、訳すのに随分と時間が掛かったなぁ。
最後のパートは再びの夜。
出典は以下: «Собрание сочинений в восьми томах Том 3. Слаще яда»収録、«Книга стремлений»項目内«Белая березка» (БИБЛИОТЕКА РУССКОЙ КЛАССИКИサイト内、Федор Кузьмич Сологубのページより)
今回も、
『岩波ロシア語辞典』(岩波書店)
『NHK新ロシア語入門』(日本放送出版協会) にお世話になりました。
加えて既存の日本語訳
「白樺」 松永信・訳(「帝國文學 第二百四十一號」収録)も参考にさせていただきました。
例によってツッコミ等は歓迎しております。
以下は、いつもの七転八倒な和訳への道。
注:色つき文字部分は、私(春色)の独り言。
太字は原文、もしくは最終的な日本語訳。
Опять ночь. Влажная, тихая, говорящая миллионами молчаний, роями неисчислимых тишин. Ночь.
メモопять:もう一度、また
влажный(←влажная:女性形):湿った、じめじめした
тихий(←тихая:女性形):ひっそりとした、静かな、物音のしない
говорящий(←говорящая:女性形):表情豊かな
миллион(←миллионами:複数、造格):100万、非常な多数
молчание(←молчаний:複数、生格):沈黙の
рой(←роями:複数、造格):群れ、大群、多数
неисчислимый(←неисчислимых:複数、生格):数え切れない、無数の
тишина(←тишин:複数、生格):静けさ、静寂
二行目の冒頭の女性形の形容詞3連続が何を形容しているのかが、分からない。一行目のночь(女性形名詞)かなー。
「再びの夜。しっとりとした静かで表情豊かな(夜)多数の沈黙、無数の静寂の群れ。夜だった」
詩的じゃのう。
「再度、夜となった。しっとりとした静やかな夜。多数の沈黙、無数の静寂の群れ。夜だった」とすれば、多少は伝わってくれないかな、この詩的なロシア語。
Стали так спокойно все деревья в саду, и заслушались. Заслушались. Замечтались.
メモспокойно:静かに、穏やかに、落ち着いて
дерево(←деревья:複数形):樹木、立木
заслушаться(←заслушались:過去形、複数形):聴き入り、聴き惚れる(完了体)
→ заслушиваться(不完了体)
замечтаться(←замечтались:過去形、複数形):空想にふける(完了体)
「静かに立っている庭の木々の全ては、聴き惚れた。空想に耽った」。
もうちょっと頑張ってみよう。
「庭に静かに佇む木々は皆、聴き入った。空想を描いた」。「空想を描いた」は、既存の訳からパk……、参考にさせていただきましたことを、ここに白状しておきたいと思います。
И она одна шептала им. Прошептала тихонько, и тоже замолчала…
メモшептать(←шептала:過去形、女性形):囁く、微かな音を立てる(不完了体)
→шепнуть(完了体)
прошептать(←прошептала:過去形、女性形):囁き声で言う(完了体)
тихонько:静かに、おとなしく、ゆっくりと
замолчать(←замолчала:過去形、女性形):(突然)黙り込む、喋るのを止める(完了体)
「彼女一人が彼らに囁いた。囁き声で静かに言った、そして(彼女も)また黙り込んだ……」
彼女ってダレ問題。ここまでで出て来た女性名詞は夜だけ。つまり夜ってことだろう。
「夜だけが彼らに囁いた。ひそやかに囁いた。だが彼女もまた黙り込んだ……」。
Слушали, что тихо говорил им задумчивый, бледный мальчик.
メモслушать(←слушали:過去形、複数形):(意識して)聴く、耳を傾ける(不完了体)
тихий(←тихо:短語尾形、中性形):小さい、低い、微かな
задумчивый:物思いに沈んだ、考えに耽っている、物思わしげな
бледный:(顔が)青白い、土気色の
「耳を傾けた、物思わしげな、青白い顔の少年が彼らにひっそりと語りかけることに」。
耳を傾けたのは彼ら(=木々)、語ったのは少年。「彼らは耳を傾けた。青白い顔をした、もの思わしげな少年が静かに語ることに」。
木々と複数形になっているけれど、これが全部白樺なのか、白樺はセリョージャが執着する一本だけなのかが気になるところ。
そもそもセリョージャが執着しているのが白樺の一本だけなのかも分からないが。愛情を持つ相手は一人だという先入観にとらわれているだけで、白樺と呼ばれている存在全てを愛しているのかもしれないし。
Тихий, теплый туман надвигался с полей, — постоять, помолчать, послушать, помечтать. В белом и тихом забыться молчании.
メモтеплый:(風土・気候が)温暖な
надвигаться(←надвигался:過去形、男性形):(口)存分に動く、動いて草臥れる(完了体)
поле(←полей:複数形、生格):野、野原、平原
постоять:(しばらく)立っている(完了体)
помолчать:(しばらく)黙る、沈黙する
послушать:(しばらく)聴く(完了体)
помечтать:(しばらく)夢想する
забыться:まどろむ、うたた寝をする、現実を忘れる(完了体)
→забываться(不完了体)
молчание(←молчании:前置格):沈黙
「ひそやかで暖かい霧が野から立ち上がってきた――しばらく立ちどまり、黙し、耳を傾け、夢を見た。白くてひそやかな沈黙の中でまどろんだ」
ダッシュ以降の動詞が全て不定形なのはどうしてだ。
最後の文章"В белом и тихом забыться молчании."はмолчанииが前置格なので、В белом и тихом молчанииで一塊、何故かそれが動詞で分断されている、と見た。
「ひそやかな暖かい霧が、野から立ち上がった。しばらく足を止め、黙し、耳を傾け、夢を見た。白いひそやかな沈黙の中で、まどろむ」。
Тихим шопотом говорил Сережа:
メモшёпотом(←шопотом):ささやき声で、ひそひそと
「かすかにひそやかにセリョージャが口を開いた」。
— Люблю тебя, милая, белая березка. Только тебя люблю.
メモлюбить(←люблю:現在形、一人称単数形):愛する、かわいがる(不完了体)
милый(←милая:女性形):かわいい、感じが良い、美しい、魅力的な
только:ただ、単に、たった
「『愛するお前、かわいい、白い白樺。ただ君だけを愛するよ』」。
白い白樺って、なぁ。「『愛するお前、かわいい白き白樺よ。ただお前だけを愛するよ』」、と微妙に変えてみたけど、まぁ一緒だな。
Чей-то голос, тихий и печальный, как легкий вздох, как сладкий звон свирели, спросил:
メモчей-то:(誰のか不明だが)誰かの
голос:声
печальный:(人が)悲しみに沈んでいる、悲嘆にくれた
легкий:軽い、軽快な
вздох:溜め息
сладкий:甘い、甘ったるい
звон:(ガラス・金属などが打たれて・神童して出す)音
свирель(←свирели:生格):笛、横笛
「誰かの声、静かで悲嘆にくれた、軽い溜め息のような、甘い笛の音のような、が尋ねた」。
日本語としてセーフか微妙なところだなー。ちょっと整理しておこうか。
「悲嘆にくれた微かな誰のともつかない声――軽い溜め息のような、甘い笛の音のような――が尋ねた」。ちょっとやりすぎ?
— За что?
「『何のために?』」だとちょっと意味が通らないので、「『どうして?』」くらいにしようかな。
И отвечая говорил Сережа:
メモотвечая(副分詞)
→отвечать:答える(不完了体)
→ответить(完了体)
говорить(←говорил:過去形、男性形):(言葉を)話す、ものを言う、口をきく(不完了体)
「答えながらセリョージャは話した」。う、うーん。
「セリョージャは答えるために口を開いた」かな。
— Люблю тебя за то, что ты — весенняя, что ты молчишь, не смеешься, не дразнишь. За то, что ты выросла мне на радость. На сладкую вешнюю радость.
メモвесенний(←весенняя:女性形):春の、青春の
молчить(←молчишь:現在形、二人称単数形):黙っている、声を出さない(不完了体)
дразнить(←дразнишь:現在形、二人称単数形):(わざと)怒らせる、からかう(不完了体)
вырасти(←выросла:過去形、女性形):(人・動物・植物の丈が)伸びる、成長する(完了体)
→расти(不完了体)
радость:喜び
сладкий(←сладкую:女性形、対格):(味の)甘い、(口)幸福な、充ち足りた
вешний(←вешнюю:女性形、対格):(詩)春の
「『君を愛しているよ、春のお前を、黙っていて、笑わず、からかったりしない。喜びのためにお前は僕のために成長した。甘い春の喜びのために』」。
整理しよう。「『お前を愛しているよ、春のお前を。話すこともなく、笑うこともなく、からかうこともない。お前は僕の喜びのために成長してくれた。春の充ち足りた幸福のために』」。
さっきの声は白樺さんだったのか。
Печальным шопотом спросила тихая, таящаяся:
— Только на радость?
メモ
печальный(←печальным:造格):(人が)悲しみに沈んでいる、悲嘆にくれた
таящийся(←таящаяся:女性形):能動形容分詞
→таять:融解する、溶ける、消えていく(不完了体)
→растаять(完了体)
「悲嘆に暮れた囁き声で尋ねた小さく、消えながら。『単に喜びのために?』」
「小さく消えながら、悲しみに沈んだ囁き声で問うた。『喜びだけのために?』」
печальный(←печальным:造格):(人が)悲しみに沈んでいる、悲嘆にくれた
таящийся(←таящаяся:女性形):能動形容分詞
→таять:融解する、溶ける、消えていく(不完了体)
→растаять(完了体)
「悲嘆に暮れた囁き声で尋ねた小さく、消えながら。『単に喜びのために?』」
「小さく消えながら、悲しみに沈んだ囁き声で問うた。『喜びだけのために?』」
— Не знаю, — говорил Сережа. — Ты выросла, стоишь, и молчишь.
メモстоить(←стоишь:現在形、三人称単数形):…するや否や、…すればたちまち(不完了体)
молчать(←молчишь:現在形、三人称単数形):黙っている、声を出さない(不完了体)
「『知らない』。セリョージャは答えた。『君は成長した、けれどまだ、黙ったままだ』」
成長しても変わらず黙しているのが評価対象? まぁ確かにⅠではセリョージャは姉に「悪口が上手になった」と嫌みを言っていたし、Ⅲでは口達者な従兄弟のお姉さんにいじられてたしな。
「『分からない』。セリョージャは答えた。『君は成長したけれど、黙ったままだ』」って感じで良いのかな?
И ничего не хочешь, и никого не ждешь, никого не зовешь. Не хочешь, — и хочешь. И хочешь так сладко, и так верно.
メモничто(←ничего:生格):[否定]何も、ひとつも(…しない、…ない)
никто(←никого:生格):[否定]一人の…も(…しない)
ждать(←ждешь:現在形、二人称単数形):待つ、待っている(不完了体)
зовать(←зовешь:現在形、二人称単数形):呼ぶ、呼びかける、招く、招待する(不完了体)
→позвать(完了体)
сладко:甘く、心地よく
верно:忠実に、正しく、適切に
まだセリョージャの台詞。
「『何も欲さず、誰をも待たず、誰をも招かない。欲しがることなく――いや欲していたんだ。こんなにも甘く、こんなにも忠実に欲しているんだ』」。
忠実に欲しがる、だと意味が分からないな。
「『お前は何も欲さず、誰をも待たず、誰をも招かない。欲しがることなく――いや、欲していたんだ。こんなにも心地よく、こんなにも確かに欲しているんだ』」。
И что ты хочешь, то и сбудется. Веточки раскрылись, в простор потянулись, листочками покрылись.
メモсбудться(←сбудется:現在形、三人称単数形):叶う?
раскрыться(←раскрылись:過去形、複数形):(つぼみ・花などが)開く(完了体)
→ раскрываться(不完了体)
простор:広々とした場所、自由、自由闊達の境地
потянуться(←потянулись:過去形、複数形):伸び始める(完了体)
покрыться(←покрылись:過去形、複数形):自分を覆う(完了体)
→покрываться(不完了体)
まだセリョージャの台詞。 「『お前が望む通りになるだろう。小枝たちは広がり、広々とした場所へと伸び、小葉たちによって覆われた』」。
「『お前が望む通りになるだろう。枝は広がり、広々とした場所へと伸び、小葉で覆われた』」
Вся белая, вся тихая, березынька моя милая. Ты меня приласкаешь, ты меня поцелуешь, ты мне на радость.
メモприласкать(←приласкаешь:現在形、二人称単数形):可愛がる、親切にする(完了体)
поцеловать(←поцелуешь:現在形、二人称単数形):お互いにキスをする、口づけを交わす(不完了体)
→целовать(完了体)
セリョージャの台詞ラスト。「『全くの白き、全くの静かな、白樺僕の愛おしい。お前は僕を可愛がってくれた、お前はキスをしてくれた、お前は僕の喜びだ』」。
整理して、「『全くの白き、全くの沈黙の、僕の愛おしい白樺よ。お前は僕を可愛がってくれた。お前はキスをしてくれた。お前は僕の喜びだ』」。
— На радость, а не на муку? — печально, спросила опять близкая, таящаяся.
メモмука(←муку:対格):苦しみ、苦痛
печально:悲しそうに、惨めに
близкий(←близкая:女性形):近い
таящийся(←таящаяся:女性形)
→ таиться:隠し事をする、秘密にする、潜む(不完了体)
次は白樺の台詞。「『喜び、苦痛ではなくて?』 悲しそうに、問うたもう一度近くに潜んで」
「『喜び。苦しみではないの?』 近くに潜んだものが、もう一度悲しそうに問うた」。
— А если на муку, — тихо говорил Сережа, — пусть и так. Вот приникну к тебе, вот будет мне и тебе сладко и нежно.
メモпусть:…だとしても、…であっても
так:(口)(問に答えて)なんでもない、別にどうということもない
приникнуть(←приникну:現在形、一人称単数形):屈み込む、もたれ掛かる、すがりつく(完了体)
→ приникать(不完了体)
нежно:優しく、こまやかに、心地よく
「『苦しみだったとしても』、静かにセリョージャは話した、『それでも何でもないさ。ほらお前にもたれ掛かると、ほら僕とお前は甘く心地よくなるよ』」
うーん。「『苦しみだったとしても』、静かにセリョージャは答えた、『それでも何でもないさ。ほら、お前にこうしてもたれ掛かると、僕もお前も甘く気持ちよくなるだろう?』」。最後の疑問符はやりすぎだろうか。
— Сладко и нежно, — шепнула березка так тихо, так ласково. — Ты хочешь? ты можешь? — тихо шептала она.
メモласковый(←ласково:短語尾形、中性形):やさしい、愛想のよい、可愛らしい
「『甘くて気持ち良い』。白樺がそう静かにそう優しくさらさらと音を立てた。『君は欲しいのかい? 君は出来るのかい?』 彼女は静かに囁いた」。
「『甘くて気持ちが良い』。白樺は静かに優しく、さらさらと音を立てた。『君はそれで良いのかい?』 彼女は静かに囁いた」。
さらさら、ささやか、ささやく、と「さ」を連続させることで伝われこのロシア語。
Прильнул к ней Сережа. Обнял руками её тонкий ствол, прижался головой к её нежной коре, замер в сладком восторге.
メモприльнуть(←прильнул:過去形、男性形):ぴったりと寄る(完了体)
→льнуть(不完了体)
обнять(←обнял:過去形、男性形):抱擁する、抱える(完了体)
→обнимать(不完了体)
прижаться(←прижался:過去形、男性形):ぴったり寄りかかる(完了体)
→ прижиматься(不完了体)
нежный(←нежной:女性形、生格):優しい、心地よい
кора(←коре:生格):樹皮
замереть(←замер:過去形、男性形):全く動かなくなる、立ち竦む(完了体)
→замирать(不完了体)
сладкий(←сладком:前置詞):甘い、甘ったるい
восторг(←восторге:前置格):狂喜、感激
「セリョージャは彼女に寄りかかった。彼女のすらりとした幹を腕で抱きしめ、頭を彼女の心地よい樹皮にもたせかけ、甘い恍惚の中に立ち竦んだ」。
キテル…キテルよ……。
一文が長いから、ちょっと手を入れて、「セリョージャは彼女に寄りかかった。彼女のすらりとした幹を腕で抱きしめ、頭を心地よい樹皮にもたせかけた。彼は甘い恍惚の中に立ち尽くした」。
Желания томили, и была тоска и печаль. Кто-то плакал так близко и так грустно, — прозрачный и хрупкий звенел плач ревнивой русалки с зеленою пеною кос, и из-за зеленых ресниц, затаившихся в её очах, падали холодные слезы.
メモжелание(←желания:複数形):希み、希望、願い
томить(←томили:過去形、複数形):(精神的・肉体的に)苦しめる、悩ませる(不完了体)
тоска:憂愁、哀愁、退屈
печаль:悲しみ、嘆き、悲哀
плакать(←плакал:過去形、男性形):泣く(不完了体)
близко:近くに、親しく
грустно:悲しく、悲しげに、寂しそうに
прозрачный:(水・ガラスなどが)透明な、(空気などが)澄んだ
хрупкий:もろい、壊れやすい
звенеть(←звенел:過去形、男性形):(金属・ガラスなどが)音を立てる、(金属性の)音がする(不完了体)
плач:泣き声、落涙、哀惜
ревнивий(←ревнивой:女性形、生格):しっと深い、やきもちやきの、うらやましそうな
русалка(←русалки:生格):ルサルカの
зелень(←зеленою:造格):[集合]草、葉
пена(←пеною:造格):泡、泡のようにふくらんだ軽いもの
коса(←кос:複数、生格):お下げ、編んだ髪
из-за:…の後ろから、…の陰から
зеленый(←зеленых:前置格):草色の、緑色の
ресница(←ресниц:複数形、生格):まつげ
затаившийся(←затаившихся:複数形、生格):能動形容分詞過去
→ затаиться:隠れる、心に秘する(完了体)
→ затаиваться(不完了体)
очи(←очах:複数形、前置格): 目
падать(←падали:過去形、複数形):落ちる、落下する、倒れる(不完了体)
→пасть(完了体)
холодный(←холодные:複数形):冷たい、寒い
слезы(←слезы:複数形):(複)涙、泣くこと
「希望は苦しめた、そして憂いと悲しみがあった。誰かが泣いていた、こんなにも近くでこんなにも悲しげに、――透明で壊れやすい泣き声が音を立てた嫉妬深いルサルカの、草の泡のように膨らんだものによって作られた編み髪の、草色の睫毛の陰、彼女の目に隠されていた、落ちた冷たい涙」。
長いけれど文法的にはそう複雑でもないかな。
「希望は彼らを苦しめた。憂いと悲しみとがあった。誰かが泣いていた、こんなにも近くで、こんなにも悲しげに。――泡のように膨らんだ草の編み髪をしたルサルカの嫉妬深い泣き声が、透明で繊細な音を立てた。彼女の目に隠されていた冷たい涙が、草色の睫毛の陰から落ちた」。
Ⅱでルサルカは川から現れ、川へと消えた。つまりルサルカは川の化身なんだろう。せせらぐ川。そこには草がそよぎ、水音が立つ。
ここではルサルカが川のイメージを背負っているのだと思うのだが、日本語になるとその手の情報が大失踪。
Сад был весь полон туманною вешнею печалью. Бессильны были белые пришлецы из влажных долин, потерявшие свои древние личины, и новых ликов еще не нашедшие.
メモполоый(←полон:短尾形、男性形):あふれるばかりの
туманный(←туманною:造格):霧の、霧の立ちこめた
вешний(←вешнею:造格):(詩)春の
печаль(←печалью:造格):悲しみ、嘆き、悲哀
бессильный(←бессильны:複数形?):(肉体的に)無力な、弱々しい
пришлец(←пришлецы:複数形):廃
→ пришелец:新参者、余所者、変わり種、異物
влажный(←влажных :複数形、前置格):湿った、じめじめした
долина(←долин:複数形、前置格):沢、谷間
потерявший(←потерявшие:複数形):能動形容分詞過去
→потерять:なくす、失う(完了体)
→терять(不完了体)
древний(←древние:複数形):古くから存在する、昔からの、老朽した
личина(←личины:複数形):仮面、見せかけ
новый(←новых:複数形、生格):新しく作られた、最近現れた、新発明の
лик(←ликов:複数形、生格):(廃)(人間の)顔
нашедшие(←нашедшие:複数形):能動形容分詞過去
→найти:(探して)見つける、探し出す(完了体)
「庭には、全く溢れるばかりの春の悲しみの霧が。弱々しい白い異形が、湿った谷間から現れ、己の古くからの仮面を失い終わった後の、けれども新しい顔を見つけ終わっていないところの」。
なんか大変なことになって来たぞ。
庭には悲しみの霧。霧は谷からやって来たのだろう。同じく谷から現れるのは白い異形。霧から立ち上がりつつある存在。
「庭には、溢れんばかりの春の悲しみの霧。湿った谷間から、弱々しい白い異形が現れた。それは己の古くからの仮面を失い、けれども新しい顔を見いだしてはいなかった」。
ちなみに異形は複数形。
В бесформенный туман сливаясь, стояли они, и томились, и вздыхали холодными вздохами ночной бессильной тоски.
メモбесформенный:はっきりとした形のない、輪郭のはっきりとしない、ぼんやりした
сливаясь:不完了体副分詞
→сливаться:合流する、融合する(不完了体)
стоять(←стояли:過去形、複数形): (人間・動物が)立っている(不完了体)
томиться(←томились:過去形、複数形):苦しむ、悩む(不完了体)
вздыхать(←вздыхали:過去形、複数形):大きく息をする、溜め息を吐く、…を思って嘆く(不完了体)
холодный(←холодными:複数形、造格):冷たい、寒い
вздох(←вздохами:複数形、造格):溜め息、大きな息、嘆息
ночной:夜の、夜間の
бессильный(←бессильной:女性形、生格):(肉体的に)無力な、弱々しい
тоска(←тоски:生格)憂愁、哀愁、憂悶
「はっきりとした輪郭を持たない霧の中に溶け合いながら、彼らは立っていた、そして苦しんでいた、そして溜め息を吐いた冷たい溜め息を、夜の弱々しい憂愁の」。
「はっきりとした輪郭を持たない霧と溶け合いながら、それらは立っていた。苦しみ、夜の弱々しい哀愁の冷たい溜め息を吐いた」、でどうだ。
Неживой и печальный лик поднялся высоко, — но бессильно было и его очарование.
メモнеживой:生きていない、死んだ
печальный:(人が)悲しみに沈んでいる、悲嘆にくれた、悲しい、悲しげな
подняться(←поднялся:過去形、男性形):情報に移動する、(倒れたものが)起きる、立ち直る
высоко:高い、高さがある
бессильно:力なく、弱々しい
очарование:魅力、魅惑、恍惚
「生きておらず悲しみに沈んでいる顔が高いところに昇った――だが彼の魅力は弱々しかった」。
霧の中の異形が探していた顔が発見された模様です。
「生気の無い悲しげな顔が、高い位置に現れた。だが、その魅力は弱々しかった」。
Безнадежность и любовь…
メモ
безнадёжность:絶望
любовь:愛
「絶望と愛……」。
メモ
безнадёжность:絶望
любовь:愛
「絶望と愛……」。
Колыхался холодный туман, и неживою тоскою томились деревья в саду над рекою, в тумане, под луною холодною, ворожащею, но бессильною.
メモколыхаться(←колыхался:過去形、男性形):そよぐ、ひらひらする、軽く揺れる(不完了体)
холодный:冷たい
неживой(←неживою:女性形、造格):生きていない、死んだ
тоска(←тоскою:女性形、造格):憂愁、哀愁、憂悶
томиться(←томились:過去形、複数形):苦しむ、悩む(不完了体)
луна(←луною:造格):月
холодный(←холодною:造格):冷たい
ворожащий(←ворожащею:女性形、造格):能動形容分詞現在
→ ворожить:占う、呪う(不完了体)
「冷たい霧が揺れ、生きていない哀愁によって木々は苦しんでいた、川の上の公園の中、霧の中、冷たく占うが弱々しい月の下の」。
整理しよう。「冷たい霧が揺れ、生気の無い哀愁に木々は苦しんでいた。川の上の公園の中、未来を見通す冷たいが弱々しい月の下で」。
もうちょっと頑張ってみようか、私。「冷たい霧が揺れた。川の上の公園、霧の中、未来を見通す冷たく弱々しい月の下、生気を持たない哀愁に木々は苦しんでいた」。 もう無理。
Две жизни сплелись и трепетали, и пылали пламенем любви и восторга, — и вкушали они горькую безнадежность ласк.
メモжизнь(←жизни:生格):生命、命
сплестися(←сплелись:過去形、複数形):絡む、結びつく(完了体)
→сплетаться(不完了体)
трепетать(←трепетали:過去形、複数形):震える、揺れる、はためく(不完了体)
пылать(←пылали:過去形、複数形):(激情に)燃える(不完了体)
пламень(←пламенем:造格):(詩)
→пламя:炎、火炎
любва(←любви:生格?):(民)恋人
вкушать(←вкушали:過去形、複数形):(雅)味わう、経験する、舐める(不完了体)
→ вкусить(完了体)
горький(←горькую:女性形、造格):苦い、つらい、不幸な、哀れな
безнадежность:絶望
ласка(←ласк:複数、生格):愛情表現、愛撫、抱擁、やさしさ
「二つの命は結びつき震え、恋の狂喜の炎に燃えた――彼らは味わっていた辛い絶望の抱擁を」 。
セリョージャが白樺を抱きしめているので、は抱擁と訳してみた。
「二つの命は結びついて震えた。恋する狂喜の炎に燃えた。彼らは辛い絶望の抱擁を味わっていた」。
Такие же две безнадежно далекие одна от другой, как и всякие две души в их жизненном союзе, — вот соединили они свои трепеты и свои устремления, отдали друг другу все, что было у той и у другой, — и изнемогали они в бессильном дрожании двух тонких, трепетных, холодеющих тел.
メモбезнадёжно:絶望的に、どうにもならないほど
далёкий(←далекие:複数形):遠い
всякий(←всякие:複数形):ありとあらゆる、さまざまの
душа(←души:複数形):霊魂、魂
жизненный(←жизненном:複数形、前置格):生命の、人生の
союз(←союзе:前置格):結合、合体、結びつき
соединить(←соединили:過去形、複数形):一つにまとめる、結合させる
трепет(←трепеты:複数形):振動、震え、戦き、戦慄、畏怖、恐れ
устремление(←устремления:複数形):志向、志、意図
отдать(←отдали:過去形、複数形):渡す、提供する、捧げる、犠牲にする
той и другой:両方とも、二つとも
изнемогать(←изнемогали:過去形、複数形):力がなくなる、疲労困憊する、弱る(不完了体)
→изнемочь(完了体)
холодеющий(←холодеющих:複数形、前置格):能動形容分詞現在
→холодеть:寒くなる、冷える、冷たくなる(不完了体)
→похолодеть(完了体)
「このように二つは絶望的に互いから遠く離れており、ありとあらゆる二つの魂、彼らの生命の結びつきの中と同じように――こう結合されていた彼ら自身の震えと彼ら自身の志は、互いに互いの両方の全てを捧げ合っていた、――彼らは疲労困憊した、弱々しい震えの二つの細い、冷たくなるところの体で」
なるほど分からん。整理しよう。
「彼ら二人は、絶望的なほどに互いに遠く隔たっていた」。まぁ少年と白樺だもんな。「生命の結びつきの中にある二つの魂の全てと同じように、彼らは自らの戦きと意志を結び合わせ、互いに互いの全てを捧げ合った。彼らの弱々しい震える二つの細い冷えつつある体は、疲れ果てた」。もうちょっと頑張ってみようかな。
「彼ら二人は、絶望的なほどに遠く隔たれた存在であった。だが生命の結びつきの中にあるありとあらゆる二つの魂と同じく、彼らは自らの畏怖と意志を結び合わせ、互いに互いの全てを捧げ合った。弱々しく震える彼らの二つの体は冷えつつあり、疲れ果てていた」。
Таящаяся, не показывающая никогда своего земного лица людям подошла близко, и ждала, — и веяло от неё на них очарованием, сильнейшим всех очарований и восторгов жизни.
メモтаящсяий(←таящаяся:女性形):能動形容分詞現在
→ таяться
→ таять:融解する、溶ける、消えていく(不完了体)
→ растаять(完了体)
показывающий(←показывающая:女性形):能動形容分詞現在
→показывть:見せる、公開する(不完了体)
→ показать(完了体)
никогда:[否定]決して、一度も
земной(←земного:生格):地球の、この世の、現世の
люди(←людям:与格):人々、人間たち、世間
подойти(←подошла:過去形、女性形):(歩いて・乗り物で)近付く、近寄る(完了体)
→подходить(不完了体)
близко:近くに、近くで
ждать(←ждала:過去形、女性形):待つ、待っている
веять(←веяло:過去形、中性形)漂う、広がる
очарование(←очарованием:造格):魅力、魅惑、陶酔
сильнейший(←сильнейшим:造格):能動形容分詞過去
→ сильнеть:(口)(より)強くなる(不完了体)
「溶けるところの、決して自分のこの世の顔を人々に公開しないところの、が近くに近付き、待っていた、――彼女から彼らへと魅力が広がった、生命の全ての狂喜と魅力をより強くなっているところの」。
таящаяся、показывающая、подошлаと女性形の主語の存在が示されているのに、その主体は明言されていない。
霧の中から現れたもののことを指しているのだろうが、どうやって日本語にするんだ、コレ。
「周囲に溶け込み、決して己のこの世の顔を見せることのない『彼女』が、近くへとやって来た。それは待っていた。彼女から彼らへと、魅惑が広がった。それは生命の全ての狂喜と魅力よりもまだ強いものであった」。
もう彼女と明言しちゃう。でないと以下で困る。
でも霧、仮面、と男性形だったのにここに来て女性形とはこれ如何に。まぁ自然界の形容去れ得ぬものはなべて女性形な気がするけれども。
И спросила она:
— Дитя неразумное, чего же ты хочешь?
メモдитя:(廃)(若者、無邪気な人への親しい呼びかけとして)きみ、あなた
неразумное:愚かに、分別のない
「彼女が問いかけた。『愚かなお前、何を望んでいるのだ?』」
問いかけているのは、件の謎の彼女。
Истекая сладким соком, шептала белая березка:
メモ
истекая:不完了体副分詞
→истечь:(廃)(文)(液体が)流れ出る
сок(←соком:造格):汁、液体
「甘い樹液を流しながら、白い白樺が囁いた」。
件の彼女が問いかけたのは、セリョージャにではなくて白樺にだったのか。まぁ彼女が自然界の何かだとすれば、白樺に語り掛ける方が自然かな。
только:ただ、単に、わずかに
мгновение(←мгновения:生格):瞬間、瞬時、束の間
тёменый(←темен:短語尾形、男性形):暗い、薄暗い、闇の
быт:暮らし方、日常生活
тяжкий(←тяжки:短語尾形、中性形):重い、太った
оков:(廃)枷、(雅)束縛
существование(←существования:生格):存在、実在
дать(←дай:現在形、三人称単数形):与える、提供する(完了体)
→давать(不完了体)
пламенный(←пламенное:中性形):(廃)燃えるさかる、炎の
「ほんの僅かな時間よ! 光りの差さない日常と、存在の重い枷――ああ、私にほんの一瞬の燃えさかる瞬間を頂戴」
白樺さん、Ⅳにしてようやく台詞が登場したけれど、割とがっつり言いますね。
истекая:不完了体副分詞
→истечь:(廃)(文)(液体が)流れ出る
сок(←соком:造格):汁、液体
「甘い樹液を流しながら、白い白樺が囁いた」。
件の彼女が問いかけたのは、セリョージャにではなくて白樺にだったのか。まぁ彼女が自然界の何かだとすれば、白樺に語り掛ける方が自然かな。
— Только мгновения! Темен быт, и тяжки оковы существования, — о, дай мне только одно пламенное мгновение.
メモтолько:ただ、単に、わずかに
мгновение(←мгновения:生格):瞬間、瞬時、束の間
тёменый(←темен:短語尾形、男性形):暗い、薄暗い、闇の
быт:暮らし方、日常生活
тяжкий(←тяжки:短語尾形、中性形):重い、太った
оков:(廃)枷、(雅)束縛
существование(←существования:生格):存在、実在
дать(←дай:現在形、三人称単数形):与える、提供する(完了体)
→давать(不完了体)
пламенный(←пламенное:中性形):(廃)燃えるさかる、炎の
「ほんの僅かな時間よ! 光りの差さない日常と、存在の重い枷――ああ、私にほんの一瞬の燃えさかる瞬間を頂戴」
白樺さん、Ⅳにしてようやく台詞が登場したけれど、割とがっつり言いますね。
Мгновенною молниею восторга вспыхнуло все тонкое тело
белой березки. И с воплем безумного счастья упали на землю, умирая, два
тонкие, два трепетно холодеющие тела.
メモ
молнный(←молниею:造格):雷光、稲妻
вспыхнуть(←вспыхнуло:過去形、中性形):発火する、急に燃えさかる(完了体)
→ вспыхивать(不完了体)
вопль(←воплем:造格):(大きな)叫び声、泣き声
безумный(←безумного:生格):(廃)理性を失った、気の狂った、狂気の
счастье(←счастья:生格):幸福
упасть(←упали:過去形、複数形):落ちる、落下する(完了体)
→ падать(不完了体)
земля(←землю:前置格):地球、地上
умирая:不完了体副分詞
→умирать:死ぬ(不完了体)
→ умереть(完了体)
холодеющий(←холодеющие:複数形):能動形容分詞現在
→ холодеть:寒くなる、冷える、冷たくなる(不完了体)
→ хпохолодеть(完了体)
「瞬間の狂喜の稲妻によって、全ての細い白い白樺の体は急に燃えさかった。そして幸福の狂気の叫び声と共に地面へと落ちた、二つの細い、二つの震える冷たくなるところの体が」
白樺の願いに応じて、雷が振ってきたらしいなコレ。そういう話だったのか、この短編。
「瞬間の狂喜の稲妻によって、白樺の細い体の全ては燃え上がった。そして幸せな狂気の叫び声と共に地面へと崩れ落ちたのは、二つの細い、二つの震える冷たくなりつつある体であった」。
メモ
молнный(←молниею:造格):雷光、稲妻
вспыхнуть(←вспыхнуло:過去形、中性形):発火する、急に燃えさかる(完了体)
→ вспыхивать(不完了体)
вопль(←воплем:造格):(大きな)叫び声、泣き声
безумный(←безумного:生格):(廃)理性を失った、気の狂った、狂気の
счастье(←счастья:生格):幸福
упасть(←упали:過去形、複数形):落ちる、落下する(完了体)
→ падать(不完了体)
земля(←землю:前置格):地球、地上
умирая:不完了体副分詞
→умирать:死ぬ(不完了体)
→ умереть(完了体)
холодеющий(←холодеющие:複数形):能動形容分詞現在
→ холодеть:寒くなる、冷える、冷たくなる(不完了体)
→ хпохолодеть(完了体)
「瞬間の狂喜の稲妻によって、全ての細い白い白樺の体は急に燃えさかった。そして幸福の狂気の叫び声と共に地面へと落ちた、二つの細い、二つの震える冷たくなるところの体が」
白樺の願いに応じて、雷が振ってきたらしいなコレ。そういう話だったのか、この短編。
「瞬間の狂喜の稲妻によって、白樺の細い体の全ては燃え上がった。そして幸せな狂気の叫び声と共に地面へと崩れ落ちたのは、二つの細い、二つの震える冷たくなりつつある体であった」。
お、終わった。長かったけれども、割と面白かった。
なのでこれからもチマチマと訳して行きたいと思います。次は……、「読み終わった!」と喜びのまま目を下に動かした途端に目に入った次の短編の一文目"Сережа умирал."(セリョージャは死んだ)が「またセリョージャ死んでる!」と衝撃だったので、これにしようかな。
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