中村逸郎『シベリア最深紀行 知られざる大地への七つの旅』


シベリア最深紀行――知られざる大地への七つの旅
シベリア最深紀行――知られざる大地への七つの旅中村 逸郎

岩波書店 2016-02-19
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 疲れた時期に読んだせいか、なんだかとても心に染みた一冊。作者は文章が巧いし、写真も巧い。本書にたくさん登場する写真は全て作者撮影である。

 シベリア。この四文字に、一体どんな印象を持つだろうか。
 私のイメージでは、ロシアの資源が眠る未開の土地でしかなかった。そこに住まう人たちがいるとは、想像したことはなかった。
 だがそこには、古くからの住人がいたのだ。タタールのくびきの時代から、ロシアがシベリアを取り戻してから、ソ連になりロシアになり、そして今でも彼らはそこに住まっている。
 時代のうねりを受けながら、それでも強かに逞しく。変わりながら変わらずにそこに存在し続ける彼ら。
 本書で作者が一人旅するのは、そんな古いシベリアであり、異形のロシアである。


 ロシアの中心地と目されているのは、かつてはサンクトペテルブルグであり、現在はモスクワだ。そのどちらもが広大なロシアの西の果てとも呼べる場所に位置している。
 シベリアはその圧倒的な力によりモスクワから支配されている。そんなイメージがあるが、しかし事態はそう簡単ではない。シベリアには逞しい住民たちが存在しているのだから。

 シベリアをロシアに支配された土地として見ることに限界を感じた作者は、ロシアこそがシベリアに包括されているのだとの仮説を立て、実際にその地を旅することにする。
 歴史を踏まえながら作者が選んだ土地は、どこもロシアと深い関係を持つと同時に奇妙に懐かしい。

 作者が言葉と写真で連れて行ってくれるのは、どこまでも広がる地平線であり、紀元前から変わらぬ羊飼いたちの生活であり、あらゆるものを凍らせる冬の脅威であり、そして世捨て人をも受け入れる深い自然である。
 描かれる生活はあまりにも文明社会から離れているのに、親近感を抱かせる。おそらく人間は本来こういう風に生きるように設計されているのだ、と妙にすっきりと納得出来るのだ。



 この懐かしさと同時に、感じるのは彼らの生活との距離。彼らは異形だ。人間本来の生活をしている彼らは、私とはもはや全く異なる存在である。それほどまでに私は、既にどこまでも西洋社会に毒されてしまっているのだ。
 これほどまでに過去と変わらぬ、そして異形のシベリアを有するからこそ、ロシアは我々にとって異質であるのだろう。ヨーロッパなのかアジアなのか、それすらも判然としない不思議な国ロシア。

 一筋縄ではいかず、洗練され切らぬ、深みと混沌で成り立つ国。その奥行きの一端を見せてくれる一冊。精製された純粋な物質ばかりが跋扈するこの現代において、雑然さをありのままに見せる本書は奇妙な清々しさを感じさせる。だが決して理解は出来ない。
 ロシアは理解するものではなく、感じるものなのだ。ロシアに対してこんな表現があるではないか。「ロシアは頭では分からない」。


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