試訳の裏側:ソログープ「イヴァン・イヴァノヴィッチは甦れり 1/7」

2015年02月24日更新


 邦訳のない作品に手を出してみたが、そうなると先が見えなくて邦題に超困る。使う画像にも超困る。
 終わった頃に題名を変えるかもしれない。
 まぁ単純に、全体をざっくり読めるだけの語学力があれば問題ないんですけどね。



 出典は以下: «Собрание сочинений в восьми томах Том 3. Слаще яда»収録、«Книга стремлений»項目内«Иван Иванович воскрес»  (БИБЛИОТЕКА РУССКОЙ КЛАССИКИサイト内、Федор Кузьмич Сологубのページより) 



 今回も、
  『パスポート初級露和辞典』(白水社)
  『岩波ロシア語辞典』(岩波書店)
  『NHK新ロシア語入門』(日本放送出版協会) にお世話になりました。


 例によってツッコミ等は歓迎しております。
 以下は、いつもの七転八倒な和訳への道。






注:色つき文字部分は、私(春色)の独り言。
太字は原文、もしくは最終的な日本語訳


Иван Иванович воскрес

メモ
воскреснуть(←воскрес:過去形、男性形):(死者が)復活する、蘇れる(完了体)
 →воскресать(不完了体)

 「イヴァン・イヴァノヴィッチは蘇った」。タイトルなのでちょっと斜に構えてイヴァン・イヴァノヴィッチは甦れりで行こうかな。
 イヴァン・イヴァノヴィッチつまりはイヴァンの息子のイヴァン。日本で言うと山田太郎さん的な感じ?
 この凡庸さが後で何か意味を持つのだろう。ゴーゴリの『外套』の主人公も名付けがどうのこうのって言ってた気がする。いやこれ『外套』だったっけ。



Иван Иванович Завидонский, чиновник очень усердный, служил постоянно в столице, где родился и вырос.

メモ
чиновник:(帝政露西亜および諸外国の)役人、官吏
усердный:(廃)忠誠な、献身的な、熱心な、勤勉な
служить(←служил:過去形、男性形):勤める、勤務する(不完了体)
постоянно:絶えず、常に、いつも
столица(←столице:前置格):首都、首府
родиться(←родился:過去形、男性形):生まれる、誕生する(完了体・不完了体)
вырасти(←вырос:過去形、男性形):(人・動物・植物の丈が)伸びる、成長する、大きくなる(完了体)
 →вырастать(不完了体)

 非常に勤勉な役人であるイヴァン・イヴァノヴィッチ・ザビダンスキーは、常に首都で働いていた。その地で彼は生まれ、育った



Родители его давно умерли. Близких родственников у него не было. С дальними виделся он редко и крохотно. Друзей и приятелей постоянных он себе не завел. Перевалило уже ему за тридцать пять лет, а он все еще жил холостяком. Снимал комнату у хозяйки, — нынче здесь, а на следующий год в другом месте

メモ
родители:父母、両親(複数形)
давно:ずっと前に、とっくに
близкий(←близких:複数形、生格):近い、近くにある
родственник(←родственников:複数形、生格):親戚の人、親類
дальний(←дальними:複数形、生格):遠い、遠方の
видеться(←виделся:過去形、男性形): 会う、出会う(不完了体)
редко:まばらに、たまに、滅多に
крохотный(←крохотно:短尾形、中性形):(口)ごく小さな
друг(←друзей:複数形、生格):友、友人、親友
приятель(←приятелей:複数形、生格):親しい知人、友人
постоянный(←постоянных:複数形、生格):長期に渡る、恒常的な
завести(←завел:過去形、男性形): 手に入れる、持つ(完了体)
 →заводить(不完了体)
перевалить(←перевалило:過去形、中性形):[無人動](ある時間・年齢を)越える、過ぎる(完了体)
 →переваливать(不完了体)
тридцать:30
пять:5
холостяк(←холостяком:複数形、生格):(ふつう中年以上の)独身者
снимать(←снимал:過去形、男性形):(部屋などを)借りる、賃借する(不完了体)
 →снять(完了体)
хозяйка(←хозяйки:生格):女性家主、(俗)妻の
нынче:(口)現在、今、今年、今日
следующий:次の
жест(←жесте:前置格):(何かを意味する)行為、徴、サイン
мест(←месте:前置格):場所

 まさかの誤字。最後の単語はжестеではなくместе
 「彼の両親はとっくに亡くなっていた。近い親戚もいなかった。遠い親戚とはたまに会った。彼は自身の長い付き合いの友人や知人を持っていなかった。彼は既に35歳を過ぎていたが、彼は未だに全く独身者であった。女性家主の部屋を借りていた―今はそこに暮らしていた、しかし次の年には別の場所に」
 女性の家主の家に寄宿してたって感じかな。かつては日本でも一部屋借りて下宿とかよくあったし。
 彼の両親はとっくに亡くなっていた。近しい親戚もいなかった。遠い親戚ともたまに会うだけだった。彼には長い付き合いの親友や知人はいなかった。既に35歳を過ぎてはいたが、彼は未だに完全なる独身者であった。女性家主から部屋を借りていた。今はそこに、だが来年には別の場所に



Жизнь Ивана Ивановича проходила скучно и однообразно. Видя это, его случайные приятели порою говорили ему за откровенною бутылкою вина или за бесцеремонною парою пива где-нибудь в шумном, тесном ресторанчике, облюбованном служащими в разных казенных и частных учреждениях — чиновниками, бухгалтерами, приказчиками:

メモ
проходить(←проходила:過去形、女性形):(人・乗り物などが)通る、通行する、通りがかる(不完了体)
 →пройти(完了体)
скучно:退屈に、退屈そうに、物憂げに
однообразно:単調に、変化のない
видя:副分詞
 →видать:(口)何回も見る、出会う、たびたび見かける、経験する、体験する(不完了体)
случайный(←случайные:複数形):偶然の、思いがけない、偶発的な、不足の
приятель(←приятели:複数形):親しい知人、友人
порою:時には、時々
откровенный(←откровенною:女性形、対格?):打ち明けた、隠し立てをしない
бутылка(←бутылкою:造格):細首のガラス瓶、瓶一本の量
бесцеремонный(←бесцеремонною:女性形、対格?):遠慮の無い、失礼な、不作法な、厚かましい
пара(←парою:造格):一対、一組、2,3の
пиво(←пива:生格):ビール
где-нибудь:(どこでもかまわない)どこかに、どこかで
шумный(←шумном:前置格):騒音を立てる、騒々しい
тесный(←тесном:前置格):狭い、窮屈な
ресторанчик(←ресторанчике:前置格):[指小形]
 → ресторан:レストラン、(高級)食堂
облюбованный(←облюбованном:前置格):受動形容分詞現在
 → облюбовать:(気に入った場所・人物などを)選び出す、…に目を付ける(完了体)
  →облюбовывать(不完了体)
служащий(←служащими:複数形、造格):受動形容分詞現在
 →служить:勤める、勤務する(不完了体)
разный(←разных:複数形、前置格):異なる、別々の、色々な
казённый(←казенных:複数形、前置格):(廃)国庫の、官有の
частный(←частных:複数形、前置格):私営の、個人経営の
учреждение(←учреждениях:複数形、前置格):創立、施設、機関、役所
чиновник(←чиновниками:複数形、造格): (帝政ロシアおよび諸外国の)役人、官吏
бухгалтер(←бухгалтерами:複数形、造格):会計係、簿記係
приказчик(←приказчиками:複数形、造格):手代、番頭、(貴族の)執事

 「イヴァン・イヴァノヴィッチの人生は退屈に単調に通っていった。そのことを見ていたから、彼の偶然の友人たちは時々彼に言った、隠し立てをすることのないワインの瓶の席で、遠慮の無いビールの二三本の席で、どこかの騒々しい狭いレストラン、目を付けられた、様々な官有の私営の機関の中で働いている―役人、会計係、手代によって」
 一文目は良いとして、二文目が分からん。
 ビールの一対ってナニ。その前がワインの瓶だから、ビールの一杯?
 文法的にもぶっちゃけよく分からないが、無理矢理意味が通る文にしてみよう。
 「イヴァン・イヴァノヴィッチの人生は、退屈に単調に過ぎて行った。そのことを知っていたから、官営・私営の機関で働いている、つまりは役人、会計係、使用人たちである彼の偶然なる友人たちは、目を付けた騒々しくて狭いどこかのレストランで、隠し立てすることのないワインの一瓶の席、あるいは遠慮の無いビールの二、三杯の席で、彼に時としてこう言った」
 目を付けたのはイヴァン・イヴァノビッチだと思うんだ。облюбованныйが単数前置格になっているし。ただ日本語としてたどたどしいので、手を入れて。
 イヴァン・イヴァノヴィッチの人生は、退屈に単調に過ぎて行った。そのことを知ったから、官営・市営の機関で働く、つまりは役人、会計係、使用人である彼の偶然なる友人たちは、彼のお気に入りである狭い騒々しいどこかのレストランで、ワインの一瓶による隠し立てのない席、あるいはビールの二、三杯による遠慮の無い席で、時として彼にこう言うのだった



— Хороший ты человек, Иван Иванович, а живешь ты не по-людски. Не живешь, а киснешь, точно мертвый.

メモ
человек:(個々の)人、(主として)男の人
по-людски:(口)人間らしい、人並みに
киснуть(←киснешь:現在形、二人称、単数形): (口)何もせずに燻っている(不完了体)
точно:あたかも…のように、まるで…のように
мёртвый:死んだ、死んでいる

 ロシアの語順って自由だな。この語順にも意味があるのだろうけれど、日本語に出来ないので綺麗に殺害しておく。
 「君は立派な人間だよ、イヴァン・イヴァノヴィッチ、だが君は人間らしく生きてはいないね。いや生きちゃいないんだ、燻っているだけだ、まるで死んでいるみたいにね」
 酔っ払いの台詞なのだから、管巻く感じで行ってみよう。
 『お前は立派な男だよ、イヴァン・イヴァノヴィッチ。だがお前は人間らしく生きちゃいないね。そもそも生きてすらいないんだ。何もせずに燻っているだけさ、そう、死んでるみたいにな』



Иван Иванович в недоумении спрашивал:

— Почему?

メモ
недоумение(←недоумении:前置格):ためらい、当惑

 「イヴァン・イヴァノヴィッチは当惑の中で問うた。『何故?』」
 口語チックにしておこうかな。
 イヴァン・イヴァノヴィッチは当惑しながら尋ねた。『それはどうしてですか?』



Бледное лицо его наклонялось над не слишком чистою скатертью, и мутные от водки глаза вопросительно обводили собеседников.

メモ
бледный(←бледное:中性形):青白い、土気色の
наклоняться(←наклонялось:過去形、中性形):曲がる、傾く、身体を曲げる(不完了体)
 →наклониться(完了体)
слишком:あまりに、過度に
чистый(←чистою:造格):汚れていない、綺麗な、清潔な、きちんとした
скатерть(←скатертью:造格):テーブルクロス
мутный(←мутные:複数形):(本来輝いているもの・透明なものが)曇った、くすんだ
вопросительно:不審そうに、物問いたげに
обводить(←обводили:過去形、複数形):(何かの周りに)線を引く、縁取る(不完了体)
 →обвести(完了体)
собеседник(←собеседников:造格):話し相手、対話者
 「彼の青白い顔は綺麗でもないテーブルクロスの上に傾いた、そしてウォッカのせいで曇った目が物問いたげに話し相手の周りを縁取った」
 グラグラする目線が相手の周囲をふらついた、って意味なんだろうけれども、うん、どうしよう。
 彼の青白い顔は、汚れたテーブルクロスの上に傾いた。ウォッカのために濁った目は、物問いたげに話し相手の上を見回した



Те смеялись, и один из них говорил:

— А потому, Иван Иванович, что ты не женишься.

メモ
те:(脅し、忌ま忌ましさ、失望などの意を表して;否定文および対置的な内容を持つ文で意味の強調として)
жениться:(男が)結婚する(完了体)(不完了体)

 笑うと、彼らの一人が言った。『それはね、イヴァン・イヴァノヴィッチ。君が結婚していないからさ』



Иван Иванович спорил:

— А что хорошего жениться? То ли дело холостая жизнь. Что хочу, то и делаю; куда хочу, туда и пойду.

メモ
спорить(←спорил:過去形、男性形):議論する、論争する(不完了体)
 →поспорить(完了体)
то ли = и не то:それぐらいのことではすまない、もっと酷い[面白い、重大な]ことがある
дело:仕事、問題
холостой(←холостая:女性形):(男性が)独身の
делать(←делаю:現在形、一人称、単数形):作る、製造する、振る舞う、行動する(不完了体)
 →сделать(完了体)
пойти(←пойду:現在形、一人称、単数形):出かける、出発する(完了体)

 イヴァンの発言内容が韻を踏んでいることは、なんとなく分かる。
 「イヴァン・イヴァノヴィッチは議論した。『結婚することの一体何が素晴らしいのです? もっと面白いことが独身の人にはある。欲するように振る舞う、つまり望むどこかへ、あちらへと行く』。」
 口語ってムズカシイヨネ。
 イヴァン・イヴァノヴィッチは反論した。『結婚することの何が素晴らしいのです? もっと面白いことが独身の男にはあるじゃありませんか。望むように振る舞えます。つまり、行きたいところに自由に行くことが出来ますよ』



Приятели говорили:

— Зато у тебя неуютно, неряшливо.

メモ
зато:その代わり、それに対して、それ故に
неуютно:居心地悪く、快適でなく
неряшливо:きちんとしていない、だらしない、汚らしい

 友人達が言った。『その代わりにお前の家は不快で汚らしいんだな』


Иван Иванович возражал:

— А мне и так хорошо. Главное — свобода.

メモ
возражать(←возражал:過去形、男性形):反対する、異議を唱える、反論する(不完了体)
 →возразить(完了体)
главный(←главное:中性形):主な、主要な
свобода:自由

 「イヴァン・イヴァノヴィッチが反論した。『私はこんなにも快適ですよ。主要なものは―自由』」
 イヴァン・イヴァノヴィッチは異議を唱えた。『私はこれでも快適ですよ。大事な物は――自由なのです』



Но, говоря так, Иван Иванович все-таки чувствовал, что жизни его чего-то не хватает. Как-то сухо, неприветливо протекала она, и порою сам себе казался он мертвым.

メモ
чувствовать(←чувствовал:過去形、男性形):(心理的・生理的に)感ずる、覚える、理解する、直感する(不完了体)
 →почувствовать(完了体)
чего-то:(俗)なぜだか、どうしてだか
хватать(←хватает:現在形、三人称、単数形):[無人動]足りる、充分である、間に合う(不完了体)
 →хватить(完了体)
как-то:なんとか、どうやってか、どうしてか、なんとなく、どうも
сухо:そっけなく、すげなく、冷淡に、無愛想に、無味乾燥に、面白みなく
неприветливо:無愛想に、よそよそしく、そっけなく
протекать(←протекала:過去形、女性形):(川・流れなどがある距離を)流れる、流れすぎる(完了体)
 →протечь(完了体)
пора(←порою:造格):時、時期、機会、季節、時代 
порою:時々
казаться(←казался:過去形、男性形):…のように見える、…の様子である、…の印象を与える(不完了体)

 「しかしそうは言いながらも、イヴァン・イヴァノヴィッチは全くこう感じていた、彼の人生はどうしてだか充ち足りていないと。なんとなく余所余所しく、そっけなく彼女は流れ行き、そして時々、彼自身にも自身が死人のように見えた」
 ここでの「彼女」は「人生」を受ける代名詞。
 しかしそうは言いながらも、イヴァン・イヴァノヴィッチは全くこう感じていた。自分の人生は何故だか充ち足りてはいないと。どことなく余所余所しく素っ気なく人生は流れ行き、そして時折、彼自身にも自分が死人のように思えた



Хотелось бы воскреснуть. Да как воскреснешь?

メモ
хотеться(←хотелось:過去形、中性形):欲しい、…したい(不完了体)

 「もしも復活を欲するならば。一体どうすれば甦ることが出来るのか?






 この作品、作品集では「楽しき夢」の後に収録されているんだけど、いきなりテイストが違っていて動揺する。「白樺」 、「楽しき夢」と来てコレかよ。落差で読者が死ぬぞ。
 コメディ臭のするこの作品、さてはてどこに着地するのでありましょうか。


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