小町文雄『サンクト・ペテルブルグ―よみがえった幻想都市』


サンクト・ペテルブルグ―よみがえった幻想都市 (中公新書)
サンクト・ペテルブルグ―よみがえった幻想都市 (中公新書)小町 文雄

中央公論新社 2006-02
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 適度な距離感を保った上で、その行間から対象への愛情が感じられる文章というのは、どうにもこうにも好ましいもので、本書はそんな一冊。
 相手に一度入れ込むと自我を捨ててのめり込んだ挙げ句に、最終的には何故か罵倒し始める私は是非とも習得したいスキルですね。
 …… 何で罵倒始めちゃうんですかね。アレですかね、対象と自分が結局は別の存在であることが許せないんですかね。いい歳してまだ分離不安引き摺ってるんですかね、私。



 モスクワ。それはロシアの首都。このモスクワも当初からロシアの指導的都市の立場にあった訳ではなく、その歴史は血と汗と苦渋に塗れている。
 対するサンクト・ペテルブルグは近代に人工的に生み出された都市だ。その歴史は意外と短い。
 モスクワがスラヴ国ロシアとしての歴史を色濃く反映しているのに対し、サンクト・ペテルブルグはロシアがスラヴの血脈と決別し、西ヨーロッパの一国となることを志向した結果として生み出された、都市である。

 だが同時にサンクト・ペテルブルグはロシアという国家そのものの対西防衛の重要地点でもあった。
 新しいロシアを志向しながらも、古いロシアを代表するモスクワを後ろに控える防衛の拠点としても機能せざるを得ない都市。
 西ヨーロッパを強く意識した整然とした町並みは、東側から強制的に移住させられた古い住人達の手によるものであった。彼らの屍にこそ、その栄光は依っていた。
 つまるところ、新しい都市サンクト・ペテルブルグは、どうしたってスラヴ国ロシアの歴史と無縁では居られなかったのだ。真新しい都市の裏には、長い長い歴史がこびり付いていた。 
 その歪みは冬風を遮ることのない真っ直ぐな街路に、亡霊を生み出す。その歪みは、住まう人に奇妙な愛着をもたらす。



 そんな奇妙な都市、サンクト・ペテルブルグを愛する作者による町歩き入門書がこの一冊。
 旅行パンフレットでこの街の名所などを読んでいればさして目新しい情報はないし、そもそも本書が2006年発行なのを思えば情報の古さはどうしようもないのだが、著者の生き生きとした語り口に、一緒にこの街を歩いている気分にさせてくれる。
  考えてみればサンクト・ペテルブルグはその成立からして死者の山だが、その後も悲劇の地になっている訳で、強盗に奪われた自分のコートを探して夜な夜な亡霊が歩き回る程度の不思議など当然なのかもしれない。

 さっくり読めて面白いので、旅行の前に一読如何でしょう。



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