塩原俊彦『ネオKGB帝国 ロシアの闇に迫る(ユーラシア選書)』


ネオKGB帝国―ロシアの闇に迫る (ユーラシア選書)
ネオKGB帝国―ロシアの闇に迫る (ユーラシア選書)塩原 俊彦

東洋書店 2008-11
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 何が「正常」な状態か、という問いに対する答えは個人によって異なる。
 私たち所謂西側諸国の人間からすれば、ソ連の共産主義時代は暗黒の時代でありKGBは悪役でしかないが、しかしそれも単なる物の見方の一つに過ぎない。そこには強烈なバイアスが掛かっていることを認識しなければならない。正解なんかじゃない。正解など存在しないのだから。
 何を理想と見做し、何を目指すのか。その元となるのは歴史、宗教、倫理観。それらは場所によって時代によって変化する。普遍など存在しはしない、神と同じで。

 そんな不安定な基準を纏め上げ、方向性を定めるのは今やメディアの仕事である。
 今や強大となったその力を利用して、プーチンはロシアに君臨する皇帝の如きイメージを作り上げたのだと主張するのが、この本書である。
 つまり実際のところ、プーチンは皇帝のような絶対権力者ではなく、部下の全てを監視することには興味の無い指導者だと言うのだ。故に時として部下は暴走し、あるいは己の懐を暖めることに全力投球する。


 2008年の本なので情報の古さは否めないのだが、それでも結構衝撃的。
 レイデル(強奪者)とか、チェチェン第二次戦争の口実となった連続テロ事件がFSBの自作自演なんじゃないか説とか、うーん、捜査機関が複数存在するのも解せない。競争原理とは言うが、そんなの検挙率を競い合って結果でっち上げ事件を生み出す予感しかしないって言うか、実際そうなってるとしか思えない。

 ちなみにレイデルというのは、
1) 目的の企業に密輸の疑いを掛けて商品を没収
2) 倉庫がいっぱいで保管出来ないと言って売却手続きに入る
3) 明らかに安すぎる価格で売る
4) 件の商品を異様に安く買うのは、実はこの全てを仕組んだ企業
 ごちそうさまでした、という方法だそうな。これは「商品レイデル」と言う方法らしいので、つまり他にも種類があるのかもしれない。
 当然ながら、上で登場する政府機関(警察や裁判所を含めて)全員グルでございます。この企みに加担せず真っ当な仕事をしようとすると、殺されます。
 本当にありがとうございました。


 警察の天下り程度はまぁ分からんでもないのだが、現役将校が企業に入り込んでいる(将校としての給料をもらいつつ)とか、もう私には全く意味が分からない。
 とは言えど、これはソ連時代からの風習なのだと言われれば、そうですかとしか。
 警察や軍隊、裁判所に議員などは国家の権力そのものなのだから、民間企業と距離を置くべきだと思うのは私の考えであって、そこらのコネを使って巧いことやりたい連中にはべったり引っ付いている方が便利なのだろう。
 そしてコネで全てをなんとかするのは、ソ連時代の習慣でもある。
 

 協力基金があったり、裁判結果が金で買えたり、捜査機関が複数あったりと、私がロシア映画を見ていて「?」と思ったことの全てが解けた気がする一冊でした。
 テロ事件のFSB自作自演説の詳しい内容は、中澤孝之監訳により『ロシア闇の戦争』で日本語で読むことが出来る。



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